その少年は、来る日も来る日も、夜になると空を見つめていた。

もちろんその目的は、光り輝く夜空の星を見るためである。

雨の日も、曇りの日も、夜になると彼は星を見つめていたのである。

晴れた夜空の日はもちろんのこと、どんな天気の日でも少年は星が見たいから空を見つめていた。

なぜ夜になると少年が星を見ていたかと言えば、彼にはふたつのささやかな疑問があったからである。

そのひとつは、夜になると人はなぜ眠ってしまうのか、もうひとつは太陽よりもはるかに大きな星たちが、なぜあんなに小さく見えるのかということであった。

太陽の光の影が夜になるということは少年にもわかっていた。
そして、太陽と地球の位置の関係、自転や公転周期のこと、地球と太陽の大きさの差のことなど、ひと通りのことは少年は知っていた。

しかし、考えれば考えるほど少年にとっては疑問に思えることばかりであった。
地球よりはるかに大きな太陽、その太陽よりも何万倍も大きな星がなぜあんなに小さな点になってしまうのか?

なぜ夜が来るだけで人は眠たくなってしまうのか?
人生の三分の一近くなぜ人は寝ているのか?

いつもそんなことを考えてその少年は夜空の星を見つめていた。
そして毎晩決まった時間になると母親に叱られては家に帰るという、奇妙な生活を送っていた。

そんな奇妙な少年が、今は五十三歳になっていた。
その少年は、今、「星と月」の絵を描く画家になっていた・・・つまり私こと、新月紫紺大である。

あの頃の思い出は、今でも昨日のようによく覚えている。
雨の日に傘をさしながら寒さに震えながら星を見ていた時、家族は私のことをヘンだと言ったが、私には確かに雨のすき間からキラキラと星の輝きが見えていた。
祖母は「バカな子だよ!」とあきれていたが、母はそんな私の言ったことを信じてくれていた。

―それが妙にうれしかった。

「雨なのに星が見えたんだよ!ほんとだよ!」
と、私が言うと、
「ほんとー、よかったわねえ。」
と母親が言ってくれた言葉が今でも心に残る。

私が絵で描いている満月のあたたかさは、あの日の母の言葉のあたたかさなのかもしれないと思う時がよくある。

私が言葉にならないものを絵で描ければいいなと思っているのは、あの雨の日、見えないはずの星を見れた喜びをたったひとりだけ、母親だけが信じてくれた、なんとも言えない安心感を絵に託しているのかもしれない。

東京では見れなくなった星空を、今、毎日八ヶ岳のアトリエから見ていると、あの時の母のやさしさが改めて心にしみる。

これと言って何の変哲のない普通の家に育ち、夢があるわけでもなく格式があるわけでもなく、どちらかといえば毎日酒乱の父親に悩まされて育ったわけだが、母の小さな愛のおかげで、私は夢を壊されずにうまく生きてこれた。

とにかく、私が持っていた訳のわからぬ夢のカケラのようなものを壊さずに今日まで持ってこれたのは、母親のおかげであったということは間違いない。

間違いだらけの家族は世の中にはいっぱいあると思うがそれでもこれだけはよく思い出して欲しい。
「今ある自分が何を考えているか?」

ちょっとした思い出に必ず母親の匂いがあるということを・・
ちょっとした言葉の中に母の記憶があるということを・・・
実は人生で一番大切なことは、そんなちょっとした母のそれを思い出すことなのだ。

どんな教育よりも、どんな福祉よりも、母のカケラのような匂いや言葉を思い出すだけで、「人」は幸福になれるし、「人生の勝利者」になれる。

母のやさしさを思い出し、感謝する人間になれるだけで、生まれてきた意味があるのだということを・・・

「星と少年の話」